魔法がなくなっても

うかはか3投稿作品です。ヒースとオリーブを籠に入れてのSSになります。

もしユーザが亡くなってしまったら……。リカルドとサイラスの日常はどうなるのでしょうか。

ソファで雑誌を眺めているのは、この家の主サイラスだ。

広告のページに差し掛かった時、ドアが開きリカルドが入ってきた。 異国の商人でサイラスの同居人でもある青年だ。威勢のいい声が部屋に響く。

「お隣さんが茶会をやるんだってよ。あんたも出ねえか?」

「……ああ、そうだね」

気のない返事にリカルドの眉が吊り上がる。

「人の話を聞いてんのかよ?……閉じこもっているのは体に毒だぜ?」

リカルドが言うのも無理もない。住み込みで働いていたユーザが亡くなってからと言うものサイラスの休日の過ごし方が一変した。 家から一歩も出ようとしないのだ。

「……聞いているとも。……少し時間をいただけるかね?」

「ったく、さっさと返事をしろよな」

リカルドは部屋から出て行ってから、しばらくするとサイラスはため息をついた。

「何と味気ない生活だろうか……」

ひとり呟くと新たな雑誌を読み始めた。

時計の針が一回りした頃、リカルドが再び応接間に入ってきた。

「本を読んでばっかじゃ、疲れるだろ?」

「いや、それほどでもないよ」

雑誌のページを捲る手を止めることなくサイラスは答えた。

「ならよ、今より本が頭ん中に入る方法って知りたくねえか?」

サイラスは迷った末に雑誌をテーブルに置いた。リカルドが手招きしている。……どうやらキッチンへ連れて 行こうとしているようだ。

キッチンへ入るとテーブルの上にティーセットが用意されていた。リカルドがサイラスに椅子に座るよう促す。

「……つまり、先ほどの話は嘘と」

リカルドに冷ややかな視線を向けつつサイラスが席に着く。

「ちょいと待ちな」

リカルドは棚に向かうとキッチンクロスで覆われた皿を持ってきた。

「今のあんたに必要なもんだぜ!」

キッチンクロスが取り払われる。中にあったのはスコーンだった。 形は不揃いながらもこんがりと焼けており、バターの香りが漂ってくる。

「ささ、喰ってくれよ」

サイラスはスコーンを割ってクロテッドクリームとジャムを載せてから慎重に口に運んだ。 無言で一つ食べ終えるとサイラスはリカルドをまじまじと見つめた。

「この味は……どういうことだね?」

「その秘密はこれよ」

リカルドは棚の引き出しからノートを持って来るとサイラスに手渡した。

「これは……」

一冊のノートだった。表紙には『レシピ』と記されている。かつてユーザが手にしていた物だ。 スコーンのページを開くと複数の注意書きが添えられていた。

「初めの頃は焦げ目ができていたものだが…」

「硬かった時もあったしな」

「だからこそ、ここに記したのだろうね」

使い込まれた様子からも、持ち主の努力の跡がうかがえた。サイラスがノートを閉じる。

「あの味が再び食べられるとは…ありがとう」

「お嬢ちゃんのノートが無けりゃ出来ねえよ」

そうだろうかと訝しんでいるサイラスを他所にリカルドはどこ吹く風だ。 その証拠にジャムを見比べている。

「どっちにすっかな」

「……少し、いいかね?」

「何だよ?」

「明日の茶会には出席するよ」

背筋を正し、はきはきと話す姿は普段の調子が戻っているようだった。 リカルドが軽く笑いながらスコーンに手を伸ばす。

「そうかいそうかい。んじゃ返事をしに行かねえとな」

「ああ、そうさせてもらうよ」

翌日の茶会には二人の姿があった。久しぶりに隣人と話すサイラスは生き生きとしていたとか。 その後も何かあるたびにユーザのレシピで作られたスコーンが焼かれた。

『日々の隣には魔女のスコーン』それが二人の合言葉になるのは先の話だ。

end

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